十八史略006巻一五帝:帝尭陶唐氏(1)

帝尭

十八史略・原文

帝堯陶唐氏伊祁姓。或曰、名放勛。帝嚳子也。其仁如天、其知如神。就之如日、望之如雲。都平陽。茆茨不剪、土階三等。有草生庭。十五日以前、日生一葉。以後日落一葉。月小盡、則一葉厭而不落。名曰蓂莢。觀之以知旬朔。

十八史略・書き下し

帝尭陶唐氏は、伊姓なり。或いは曰く、名は放クンと。帝嚳の子也。其の仁は天の如く、其の知は神の如し。之に就かば日の如く、之を望まば雲の如し。

平陽に都す。かやもてくもきりそろえ不、土のきざはし三等のみ。

草の庭にうる有り。十五日以前、日に一葉を生う。以後日に一葉落つ。月小にして尽かば、則ち一葉き而落ち不。名づけてメイキョウと曰う。之を観て以て旬朔を知る。

十八史略・現代語訳

帝尭陶唐氏は、姓が伊である。一説に、名は放クンだという。帝嚳の子である。そのなさけは天のようで、その智恵は神のようだった。尭に従うと太陽のように思え、遠くから眺めると雲のようだった。

平陽に都を置いた。かやぶき屋根の宮殿に住まったが、軒先を切りそろえず、その高さはわずかに三段の土壇だけだった。

とある草が宮殿の庭に生えた。毎月の十五日以前は、毎日葉を一枚生やした。以後は、毎日葉を一枚落とした。ただし三十日に満たない月なら、一枚だけ残って落ちなかった。これにメイキョウと名付け、葉の様子を見て、十日間の経過や毎月の始めを知った。

十八史略・訳注

帝堯陶唐氏:古代の伝説上の聖天子。舜を起用して治水にあたらせた。のち舜の有能さを認めて天下を譲ったことは、儒家から理想の君主政治とされた。唐尭ともいう。
堯

伊祁姓:祁とは、盛んなさま。ゆったりとして充実したさま。伊は「かれ」「この」などの指示詞や代名詞で、合わせて”あの偉大な人”の意となる。

放勛:勛は勲の異体字で、”功績”の意。合わせて”偉大な業績を残した人”の意。

茆茨:音ボウ・シ。茆は水辺に生える草で、葦や萱のたぐい。これで屋根を葺いた。茨は草葺きの屋根、または草で屋根を葺く。

土階:編者曽先之の心象風景としては、更地に土壇を築き、その上に御殿が乗っかっているもので、そこへ上がる階段は土のまま、そして三段しか無かった質素ぶり、ということ。同時代の宮殿がそんな規模ではなかったからだ。

藤堂明保『漢文概説』によると、半坡遺跡など石器時代の遺跡などを見ると、先史時代の中国の家屋はいわゆる竪穴住居で、地面の上に建てるのではなく地面を掘って、穴を居住空間とし、その上に草葺きの屋根を架けたという。

月小:中国暦で、三十日に満たない月を小といい、三十日あるいはそれを超える月を大という。

蓂莢:伝説上で、めでたいしるしとされる草の名。こよみぐさ。蓂は「艸+(音符)冥」の形声文字で、”メイという草”の意。莢は、豆類のさやに似た草木の実。

旬朔:旬は十日間。朔はついたち、新月。

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コメント

  1. […] 帝尭は、放勲という。其の仁は天の如く、其の知は神の如く、之に就くこと日の如く、之を望むこと雲の如し。(『史記』五帝本紀・帝堯) 帝尭陶唐氏は、伊祁キ姓なり。或いは曰く、名は放勛クンと。帝嚳の子也。其の仁は天の如く、其の知は神の如し。之に就かば日の如く、之を望まば雲の如し。(『十八史略』三皇五帝・帝尭陶唐氏) […]