十八史略・巻六北宋:仁宗(12)

朋党論

十八史略・原文

仲淹・琦、適自陝西來、道中得詩。仲淹拊股謂琦曰、爲此恠鬼輩壞事。竦因與其黨造論、目衍等爲黨人。歐陽脩乃作朋黨論上之。略曰、小人無朋、惟君子有之。小人同利之時、暫爲朋者僞也。及其見利而爭先、或利盡而情踈、反相賊害。君子修身則同道而相益、事國則同心而共濟、終始如一、此君子之朋也。爲君者、但當退小人之僞朋、進君子之眞朋、則天下治矣。

十八史略・書き下し

仲淹・琦、たまたま陝西自り来たるに、道中詩を得たり。仲淹股をちて琦に謂いて曰く、此の怪鬼輩の為に事をやぶるなりと。竦因りて其の党与論を造り、衍等を目して党人と為す。欧陽修乃ち朋党論を作りて之をたてまつる。略して曰く。

小人朋無し、惟た君子のみ之有り。小人利を同じくする之時、暫く朋を為る偽り也。其の利を見而先を争うに及び、或いは利尽き而情うとく、反りて相いそこなそこなう。

君子身を修むれば則ち道を同じくし而相いし、国に事うれば則ち心を同じくし而共に済くこと、終始一の如し、此れ君子之朋也。

君為る者は、但だ当に小人之偽りの朋を退け、君子之真の朋を進まば、則ち天下治るなりと。

十八史略・現代語訳

范仲淹と韓琦が、呼び戻されて陝西から都へと戻る途中、たまたま石介が作った「慶暦聖徳詩」を手に入れた。范仲淹は馬上で股を叩きながら韓琦に言った。「この化け物どものせいで、事がダメになるぞ。」

夏竦はこの詩に憤激して自分の派閥と共に論陣を張り、杜衍らを名指しして党人(利権集団)と言いふらした。そこで欧陽修が「朋党論」を書いて皇帝に奉った。その大まかな内容はこうである。

「つまらない小人には仲間がいない。ただ君子だけが仲間を持つ。小人は利益を同じくすると、しばらく仲間を作ることがあるが、これはニセモノである。利益を前に先を争う時、あるいは利益が無くなった時には仲間意識が薄れ、逆に互いに攻撃して止まない。

そこへいくと、立派な君子は身を修めているので、行くべき道を同じくして、互いに助け合い、国に仕えても心を同じくして、互いに助け合う。いつも行動が変わらない。これが君子の仲間である。

君主たる者は、ひたすら小人の作るニセの集まりを退けて、君子が作る本物の仲間を登用すれば、つまり国が治まるのである。」

十八史略・訳注

范仲淹:989-1052。
范仲淹

韓琦:1008-1075。
韓琦

夏竦:音カ・ショウ。985-1051。

杜衍:978-1057。

欧陽脩:1007-1072。
欧陽脩

十八史略・付記

雍正帝
欧陽修の、この自分たちを聖者化する高慢ちきと、君主に説教する傲慢な態度は、後世、清の雍正帝にとってよほどカンに障ったらしく、「御製朋党論」を書いて”欧陽修などというタワケの意見に耳を貸すでない。もし奴めが今の世におったら、ワシがみっちり説教してやろうぞ”と言った。

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