十八史略・巻六北宋:仁宗(17)

儂智高

十八史略・原文

張貴妃兄堯佐、一日除四使。監察御史裏行唐介論之、不聽。遂劾奏、文彥博向守蜀、以燈籠錦獻貴妃得執政、故黨堯佐。上怒遠貶介。彥博亦求罷。龐籍、平章亊。

廣源州儂智高、寇廣州、連歲陷諸州。自邕至廣西、皆被其害。命樞副狄靑、討平之。還爲樞密使。

龐籍罷。 

十八史略・書き下し

張貴妃の兄尭佐、一日四使に除せらる。監察御史裏行唐介之を論ずるも、聴かれ不。遂にめ奏し、文彦博向に蜀を守るに、灯籠錦を以て貴妃に献じ執政を得、故に尭佐にくみせりと。上怒りて介を遠ざけ貶す。彦博亦た罷むを求む。龐籍、平章事たり(1051)。

広源州の儂智高、広州に寇なし、連歳諸州を陥す(1052)。邕自り広西に至るまで、皆な其の害を被る。枢副狄青に命じて、之を討ち平ぐ。還りて枢密使と為る。龐籍罷めらる(1053)。

十八史略・現代語訳

張貴妃の兄の尭佐が、一日にして四つの「使」職に任じられた。監察御史見習いの唐介がこれを取り上げ、反対したが仁宗は受け入れなかった。そこで告発の奏上を行い、「文彦博は以前蜀を守る職にあった時、名産の灯籠錦を張貴妃に献上し、その口利きで執政となった。だから尭佐とつるんでいるのだ」と書いた。仁宗は怒って唐介の官位を下げ、遠地に左遷した。しかし文彦博も辞任を求めたので、龐籍が宰相たる平章事になった。

広源州の儂智高が、広州で兵乱を起こし、毎年諸州を陥落させた。邕から広西に至るまで、みなその害を被った。そこで枢密副使(大本営事務次官)の狄青に命じて、儂智高を鎮圧させた。狄青は凱旋して、枢密使(大本営事務長官)になった。龐籍が宰相をクビになった。

十八史略・訳注

張貴妃:=温成皇后。1024-1054。仁宗の妃の一人。

堯佐:林本によると、堯佐は張貴妃の叔父だという。

一日:林本によると、一月の誤りという。

四使:林本によると、淮寧軍節度使・羣牧制置使・宣徽南院使・景霊宮使の四職という。

監察御史:官吏の監察を職務とする官。

裏行:唐の太宗の時代に設置。正式に任命された者ではなく、その職務の見習いを言う。

唐介:1010-1069。

文彥博:1005-1096。
文彦博

燈籠錦:灯籠の形を織った錦。
灯籠錦

龐籍:988-1063。

平章事:=同中書門下平章事。宋代の宰相。複数名が任じられた。

広源州:現在の江西省からベトナム高平省にかけての地域。
華南地図

儂智高:1025-1055。チワン族の英雄。

邕:現広西壮族自治区南寧市一帯。

樞副:=枢密副使。大本営事務次官。

狄靑:1008-1057。北宋の武将。
狄青

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