十八史略・巻六北宋:神宗(4)

青苗法

十八史略・原文

安石欲行靑苗法。以爲周官國服爲息法也。蘇轍曰、以錢貸民、吏緣爲姦、錢入民手、雖良民、不免妄用。及其納錢、雖冨民、不免違限。鞭箠必用、州縣不勝煩矣。參政唐介爭論新法不勝、疽發背卒。時人有生老病死苦之喩。謂安石爲生、曾公亮爲老。介死、冨弼議論不合、稱病。參政趙抃、無如安石何、惟稱苦苦而已。安石折抃曰、君輩坐不讀書耳。抃曰、皋・䕫・稷・契、何書可讀。安石亦不能對。

十八史略・書き下し

安石青苗法を行わんと欲す。以為く周官の国服を息と為すの法也。

蘇轍曰く、銭を以て民に貸さば、吏縁りて姦を為し、銭民の手に入らば、良民と雖も、妄りに用うるを免がれ不。其の銭を納むに及ぶや、富民と雖も、限に違うを免がれ不。鞭箠必ず用いられん、州県煩しさに勝え不る矣んと。

参政唐介新法を争い論じて勝た不、疽の背に発して卒す。時の人、生老病死苦之喩え有り。安石を謂いて生と為し、曽公亮を老と為す。介は死し、富弼議論して合わ不、病を称う。参政趙抃、安石を如何する無く、惟だ苦苦を称う而已。

安石抃をくじいて曰く、君輩坐りて書を読ま不る耳と。抃曰く、皐・䕫・稷・契、何の書か読む可き。安石亦た対うる能わ不。

十八史略・現代語訳

王安石が青苗法の実施を準備していた。論拠として、『周礼』に記された「民に貸し付けた財貨の利息を、国事の費用に充てる」法を用意していた。

しかし蘇轍が言った。「公銭を民に貸せば、小役人がそれにかこつけて悪事を働く。それに銭が民の手に入ると、まじめな民だろうとむだ遣いするに決まっている。さらに返済はどうするのだ。金持ちだろうと期限を破るに決まっている。結局ムチでしばいて取り立てざるを得ないが、その煩わしさに、地方の役所は耐えられないぞ。」

参政(副宰相)の唐介が、この新法に反対の論を張ったが勝てず、背中に出来物が出来て死んでしまった(1069)。当時の人は、この模様を仏教の生老病死苦にたとえた。王安石は生で、曽公亮が老、世を去った唐介が死で、宰相の富弼は議論が王安石と合わず、病気を理由に口を閉ざしたから、病だと称された。参政の趙ベンは、王安石をどうすることもできす、ひたすら「苦しい、苦しい」と言うだけだった。これが苦である。

王安石は趙抃を馬鹿にして言い放った。「君らはボンヤリ座っているだけで、本を読まないから新法の意義が分からないのだ。」ムッとした趙抃は、「昔の名臣、皐陶コウヨウ后稷コウショクセツが、いったい何の本を読んだというのかね」と返した。これにはさすがに、王安石も答えられなかった。

十八史略・訳注

王安石:1021-1086。
王安石

靑苗法:wikipediaより引用。

1069年(熙寧2年)9月に施行。宋代には天災による飢饉に対する備えや貧民救済のために穀物を蓄えておく常平倉・広恵倉というものがあった。しかしこれの運用がまずく、蓄えられている穀物が無駄に腐っていくことも多かったので、これを利用して農民に対する貸付を行った。
毎年、正月と5月に貸付を行い、基本は貨幣(これを青苗銭と呼ぶ)による貸付・穀物による返済であるが、望むものには穀物での貸付・貨幣での返済を認める。利息は3割と民間の高利貸しと大差が無い。
貸付にあたり、10戸が集まって1保を作り、この間で連帯保証を行う。これの実施のために、全国の路(宋の地方における最大行政単位)ごとに提挙常平司を置く。

周官:周代の官制。

國服:『周礼』地官司徒に「凡そつけがい者、祭祀は旬日を過ぐる無く、喪紀は三月を過ぐる無からしむ。凡そ民之貸らんとする者は、其の有司に與えてけ而之に授け、國服を以て之が息と為す。凡そ國事之財用、取りて具うる焉。歲終らば、則ち其の出入を會し而其の餘を納む。」とあり、注に「国服、国事也」とある。

つまり”民に公の財貨を貸し、国事に費用が入り用になった分を、利息として取り立てる”と読める。

蘇轍:1039-1112
蘇轍

鞭箠:音ベン・スイ。鞭は革のムチ、箠は竹のムチ。

參政:=参知政事。宋代の副宰相。

唐介:1010-1069。

疽:音ソ。かさ。悪性のはれもの。うみを持って根が深くかさなり、なおりにくい。ようの一種。

曾公亮:999-1078。
曽公亮

富弼:1004-1083。
富弼

趙抃:音チョウ・ベン。1008-1084。

皋:=皋陶(コウ・ヨウ)。古代、伝説上の賢人。帝舜の臣。法の原理を研究し、法律をつくり刑を制定した。また、刑務所を設け、司寇(獄官の長)となったという。咎陶(コウ・トウ)とも。林本は「皐」と記すが、『学研漢和大字典』によると皋が本字で、皐は人名漢字で採用された字形という。

:音キ。帝舜のとき、音楽をつかさどった家臣の名。太古の部族の祖先神が、伝説中に組み入れられたもの。

稷:=后稷。周王朝の始祖とされる伝説上の人物。姓名は姫棄。帝尭のときの人で農業をつかさどる官職を子孫に伝えたという。

契:音セツ。商(殷)の始祖。玄王ともいう。簡狄がつばめの卵を飲んでうんだという子で、成人して商の国をたてたという。伝説では帝舜の五臣のひとりに当てる。

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