十八史略・巻七北宋:哲宗(6)

北宋の大儒・程伊川

十八史略・原文

而弟頥爲之序曰。周公沒、聖人之道不行。孟子死、聖人之道不傳。道不行、百世無善治。學不傳、千載無眞儒。無善治、士猶得明夫善治之道、以淑諸人以傳諸後。無眞儒、天下貿貿焉、莫知所之、人欲肆而天理滅矣。先生生于千四百年之後、得不傳之學於遺經、辨異端、息邪說、使聖人之道復明於丗。蓋自孟子之後、一人而已。頤甞語人、欲知吾之道者、觀此序可矣。

十八史略・書き下し

し而弟頥之が為に序かきて曰く。

周公没して、聖人之道行われ不。孟子死して、聖人之道伝わら不。道行われ不らば、百世善きまつりごと無し。学伝わら不らば、千載まことの儒無し。

善き治無くとも、士猶お夫の善き治之道を明かにするを得ば、以て諸人の以て諸後に伝うるをくせしむ。真の儒無からば、天下貿貿たりて、之く所を知る莫し、人ほしいままを欲し而天のことわり滅ぶなり

先生千四百年之後于生れて、伝わら不る之学を遺経於得て、異端を弁け、邪説を息め、聖人之道を使て世於復た明らかならしむ。蓋し孟子之後自り、一人而已と。

頤嘗て人に語れり、吾之道を知らんと欲する者は、此の序を観ば可矣と。

十八史略・書き下し

そして弟の程頤が、兄の程顥の墓碑に序文をこう書き記した。

「周公が世を去って、聖人の道は実行されなくなった。孟子が世を去って、聖人の道は伝わらなくなった。道が実行されないと、百世代の間よい政治は実現しない。学が伝わらないと、千年の間本物の学者は出ない。

しかしよい政治が実現しなくとも、志のある者は、周公のよい政治がどのようだったか明らかにすることが出来る。そうすることで、大勢の人が後世によい政治を伝えられるよう手伝う。しかし本物の学者がいなければ、天下は真っ暗で、行き先がどうなるかもわからない。人は勝手放題に振る舞いたがり、天から与えられた理性が滅んでしまうのだ。

程明道先生は、孟子から千四百年の後に生まれて、伝わらなかった学を残された経典から読み取り、異端を切り捨て、邪説を無視し、聖人の道を世の中に再び明らかにした。思うにそれが出来たのは、孟子以後ではただ一人だけだ。」

程頤は以前人に語ったことがある。「私の思想信条を知ろうと思うなら、この序文を読めば分かるだろう。」

十八史略・訳注

頥:音イ。=程頤(伊川)。1033-1107。
程頤 程頤

林本のこの部分は、頥と頤が混用されている。誤植ではないか。

頥頤

周公:周王室の一人で、摂政を務めた周公旦。

孟子:BC372?-BC289。

以淑諸人以傳諸後:「淑」は”修養して立派になる”と『大漢和辞典』に言う。目的語に「諸人…」とあるから、記号はないが使役に読んだ。林本は上中下点まで使ってここ前後を複雑に読んでいるが、訳者の知らない何らかの典拠でもあるのだろうか。

貿貿:目がかすんであたりのはっきりしないさま。くもって暗いさま。

異端:正統でない思想や学説。なお『論語』の時代には、そのような意味は無かった。論語為政篇16「異端を攻むるは」を参照。

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