十八史略・巻七北宋:徽宗(3)

新法党、徽宗の治世を牛耳る

十八史略・原文

上意專欲紹述熈豐之政、而曾布微有兩存熈豐・元祐之意。故建中靖國初、嘗略變章惇・蔡卞所爲。旣而布迎上旨、正人任伯雨・江公望・陳瓘等、不容於朝。小人雖各有黨、更迭出入、意向則同祖安石而已。

十八史略・書き下し

上専ら煕豊之政を紹ぎ述がんと欲するを意い、し而曽布微かに煕豊・元祐両に存す之意有り。故に建中靖国の初め、嘗て略ぼ章惇・蔡卞の為す所を変う。

既にし而布上の旨を迎え、正人任伯雨・江公望・陳瓘等、朝於容れ不。小人各の党有りて、更迭出入すと雖も、意のおもむきは則ち同じく安石をはじめとする而已。

十八史略・現代語訳

徽宗はひたすら煕寧・元豊の政策(=新法)を引き継ぎたいと思っていたが、宰相の曽布は心中、煕寧元豊と元祐(=旧法)を折衷しようと思っていた。だから徽宗即位の翌年、元号を建中靖国と改めたときには(1101)、以前新法党の章惇・蔡卞が行った政策を改めた。

しかし徽宗に新法復活の望みがあると知ると、正義の人である任伯雨・江公望・陳瓘といった旧法党を、政権内に入れなかった。悪党の新法党にはそれぞれ派閥があって、政権に出入りした者はどのみち全て、目指す政治構想は王安石を源流とするものばかりだった。

十八史略・訳注

上=徽宗皇帝:1082-1126。宋第八代皇帝。位1100-1126。
徽宗

紹述:紹も述もともに「つぐ」と読める。受け継ぐこと。以下は『学研漢和大字典』を引用。

紹会意兼形声。召は「口+(音符)刀(半円の形をしたかたな)」の会意兼形声文字で、半円を描いてまねきよせること。紹は「糸+(音符)召」で、糸の端と端とを半円を描いてまねきよせ、つなぐこと。招(まねきよせる)と同系。「つぐ」は普通「継ぐ」と書く。

述会意兼形声。朮(ジュツ)は、穂の茎にもちあわのくっついたさまを描いた象形文字で、中心軸にくっついて離れないの意を含む。述は「甦+(音符)朮」で、従来のルートにそっていくこと。術(だれもがそっていく道、伝統的なやり方)と同系。また、順・循(ジュン)(したがう)とも同系。順や循は、述の語尾がnとなったことば。類義語の陳は、ならべること。

熈豐:熈豐は煕寧と元豊。神宗(位1067-1085)の治世。その政だから、新法を指す。

曾布:1036-1107。

元祐:1086-1094。哲宗最初の年号。

建中靖國徽宗の年号。1101年のみ。

章惇:音ショウ・トン。1035-1105。

蔡卞:音サイ・ベン。1048-1117。蔡京の弟。

任伯雨:生没年未詳。

江公望:生没年未詳。

陳瓘:音チン・カン。1060-1124。

安石:=王安石。1021-1086。
王安石

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