十八史略・巻六北宋:仁宗(1)

仁宗

十八史略・原文

仁宗皇帝名禎。母李氏。章獻明肅劉皇后之子。眞宗得皇子已晚。始生晝夜啼不止。有道人言、能止兒啼。召入。則曰、莫叫莫叫。何似當初莫笑。啼卽止。蓋謂、眞宗嘗籲上帝祈嗣。問羣仙、誰當往者。皆不應。獨赤脚大仙一笑。遂命降爲眞宗子。在宮中、好赤脚、其驗也。自昇王爲太子。年十三卽位。劉太后垂簾同聽政。

十八史略・書き下し

仁宗皇帝、名は禎。母は李氏。章献明粛劉皇后之子。

真宗の皇子を得るははなはだ晩し。生れの始め昼夜啼きて止ま不。道人有りて言わく、能く児の啼きを止めん。召されて入る。則ち曰く、く莫れ叫く莫れ。何ぞ当初の笑う莫きにかん。啼き即ち止む。

蓋し謂う、真宗嘗て上帝をびてひつぎを祈る。群仙に問う、誰か当に往くべき者ぞと。皆な応ぜ不。独り赤脚大仙一えに笑えり。遂に命じて降りて真宗の子と為らしむ。宮中に在りて、赤脚を好むは、其のげん也。

昇王自り太子と為る。年十三にして位に即く。劉太后簾を垂らして、同じく政を聴く。

十八史略・現代語訳

仁宗皇帝、名は禎。母は李氏。章献明粛劉皇后の義子に立てられた。

真宗は皇子を得るのがたいそう遅かった。仁宗は生まれた当初は昼夜泣き続けて止まらなかった。ある道士がいて言った。「赤ん坊の泣くのを止めてみせましょう。」道士は召されて宮中に入ると言った。「泣くな泣くな、泣くくらいなら、始めから笑わずにいれば良かったろうに。」するとすぐさま泣き止んだ。

その理由はこうだろう。真宗は以前天帝に呼ばわって、跡継ぎを得られるよう祈った。天界では天帝が大勢の仙人に問うた。「誰が行くのに適当じゃろう。」仙人らはみな嫌がって応じなかった。独り赤脚(=素足)大仙だけがひたすら笑っていた。そこで赤脚大仙に命じて、下界に降りて真宗の子にさせた。仁宗が宮中で素足を好んだのは、その現れである。

昇王であったのが太子に立てられ、十三歳で位に即いた(1022)。義母の劉太后が玉座の後ろに簾を垂らして、仁宗と政治の決済を共同で行った。

注釈

仁宗:1010-1063。位1022-1063。
北宋 仁宗

章獻明肅劉皇后:真宗の皇后。章獻明肅は諡号。
北宋章獻明肅劉皇后

眞宗得皇子已晚:林本に”禎を得たのもすでに四十三歳の時であった”とある。

啼:つぎつぎと声を出して続けてなく。鳥獣がなくときにも、人がなくときにも用いる。

何似:ここでは「何如」=いかん、事実や状態を問うことば”どうであるか”に、反語の語気を加えた意。「何ぞ~かん」と読む。

籲:ユ。呼ぶ・叫ぶ。やわらげる。

赤脚:素足。

一笑:ここでの「一」は、”もっぱら・ひたすら”の意。

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