十八史略・巻七北宋:徽宗(15)

燕京陥落、凶星現る

十八史略・原文

金主分三道進兵、遂入居庸關。燕降於金。金使來言、燕京以金兵攻下。其地與宋、租稅當以輸金。宋使趙遼嗣往議之。許歲幤如契丹舊數、外更以百萬代租稅、而倂求雲中之地。金人僅以燕京・涿・易・檀・順・景・薊六州來歸。貫・攸入燕。燕之金帛・子女・職官・民戶、金人席卷而東、所得空城而已。貫・攸歸。以王安中知燕山府、詹度・郭藥師同知。 

有星如月。徐徐南行而落。光照人物、與月無異。

十八史略・書き下し

金主三道に分けて兵を進め、遂に居庸関をる。燕金於降る。金使来りて言く、燕京は金の兵を以て攻め下したり。其の地は宋に与え、租税は当に以て金に輸ぶべしと。

宋使趙遼嗣往きて之を議る。歳幣の契丹の旧数の如きを許し、外に更に百万を以て租税に代え、し而併せて雲中之地を求む。金人僅に燕京・涿・易・檀・順・景・薊六州を以て来たり帰さしむ。貫・攸燕に入る。燕之金帛・子女・職官・民戸、金人席の巻くがごとくし而東し、得る所は空城而已。貫・攸帰る。王安中を以て燕山府を知めしめ、詹度・郭薬師同知たり。

星の月の如き有り。徐徐に南行し而落つ。光の人物を照すこと、月与異る無し。

十八史略・現代語訳

金の完顔阿骨打は道を三つに分けて兵を進め、とうとう居庸関(北京市)を通過した。燕は金に降服した。金の使いが来て言った。「燕京は金の兵が攻め落とした。その土地は宋に与えるが、租税は必ず金によこせ。」

宋の使い、趙遼嗣が行って交渉した。毎年の贈与は契丹と同数とし、その他に銭百万貫を増加して燕京の租税の代わりとし、その代わり雲中の地を金に求めた。金の人は燕京・涿・易・檀・順・景・薊六州だけを宋に渡した。

宋軍司令官の童貫と蔡攸が燕京に入った。しかしまちじゅうの金銀財宝・女子供・役人・住民は、根こそぎ金が奪い東に持って行ってしまった後だった。宋が得たのは空き城ばかりである。童貫と蔡攸はなすすべ無く帰った。王安中を燕山府の知事に任じ、詹度・郭薬師を次官に任じた。

変な星が出て月のようだった。ゆるゆると南下して地平に落ちた。その光が人や物を照すことは、月と変わりが無かった。

十八史略・訳注

金主:=完顔阿骨打。音ワン・ヤン・ア・ク・ダ。完顔が部族名で名が阿骨打。1068-1123。金の太祖。位1115-1123。
完顔阿骨打

居庸關:現在の北京市昌平区にあり、のちの明の長城の拠点。

燕・燕京:現在の北京一帯を指す。

趙遼嗣:=馬植。?-1126。遼の高官だったが宋に寝返った。

契丹:=。契丹族の王朝。916-1125。
北宋地図

雲中:=雲州(山西省大同市)一帯の地。

涿・易・檀・順・景・薊六州:いずれも現在の北京を中心とした河北省の地。
燕雲十六州
©Jason22

貫:=童貫。?-1126。宦官でありながら軍人を兼ね、約二十年間軍権を掌握した。

攸:=蔡攸。1077-1126。蔡京の子。

王安中:1076-1134。

詹度:1074-?。

郭藥師:生没年未詳。

有星如月:第一に超新星と思われるが、現代天文学による観測や比定の記事は検索しても見つからなかった。「徐徐南行」とあるのは、一晩のうちに南に進んで地平に隠れたと言うより、毎晩同時刻の位置が南に下ったということだろう。すると超新星ではなく彗星の爆発が考えられるが、これも現代天文学が何と言っているか引き出せなかった。

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