十八史略・巻七北宋:徽宗(17)

凶作と一揆

十八史略・原文

兩京河浙路、災異疊見。都城有賣靑菓男子、孕而誕子。又有豐樂樓酒保朱氏、其妻年四十、忽生髭髯、長六七寸、宛一男子。詔度爲女道士。 

河北・山東盜起。連歲凶荒。民食楡皮。野菜不給、至相食。飢民竝起爲盜。有張仙者、衆十萬。張迪衆五萬、高托山衆三十萬、自餘二三萬者、不可勝計。

十八史略・書き下し

両京河浙路、災異かさねて見ゆ。

都城に青菓を売る男子有り、孕み而子を誕む。又た豊楽楼酒保の朱氏、其の妻年四十なる有りて、忽に髭髯を生やし、長さ六七寸、あたかも一男子たり。詔して度して女道士と為す。

河北・山東の盗起る。連歳凶荒みのらず。民楡の皮を食う。野菜り不、相い食むに至る。飢民並びて起ちて盗を為す。張仙なる者有りて、衆十万。張迪の衆五万、高托山の衆三十万、自余のこり二三万者、勝げて計う可から不。

十八史略・現代語訳

首都開封、西京洛陽、河北河南、浙江の各地で災害や怪異が立て続けに起こった。

都で青菓を売っていたある男が、孕んで子を生んだ。また豊楽楼という飲み屋の朱氏は、その妻で四十ほどの者がいたが、急に口ひげ・ほおひげが生え出し、長さが六七寸(20cmほど)になって、まるで男のようだった。そこで徽宗が命じて、出家させて女道士にした。

河北・山東で一揆が起こった。毎年凶作で、民はニレの木の皮を食べた。野菜が行き渡らず、とうとう人々は互いを食い合った。飢えた民が次々と一揆を起こして略奪に走った。張仙という者がいて、その配下は十万だった。張迪の配下は五万、高托山の配下は三十万、それ以外でせいぜい二三万ほどの一揆は、いちいち数え切れないほどだった。

十八史略・訳注

兩京河浙路:両京は東京開封府(現在の河南省開封市)と西京河南府(現在の河南省洛陽市)。河浙は現在の河北・河南省と浙江。
華北地図
華南地図

六七寸:宋代の一寸は約3.12cm。

河北・山東:遼の占領下にあった燕雲十六州を除く、現在の山西省・河北省と山東省。

張仙:林本によると、山東の賊という。

張迪:詳細不明。

高托山:林本によると、河北の賊という。

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